Document...ルリ城図書室資料

魔女とアルガナン(1)

 かの美しき魔女との出会いは この島であった―

 私はこの大地を焦がす戦火を止める手段を探し、辿りついた答えは「星呼びの秘術」だった。「星呼びの秘術」は、空の彼方に漂う大いなる力を呼び出し、莫大な力を手に入れる術だという。そしてこの「星呼びの秘術」を習得した者は、後にも先にも彼女だけであると言われる。

 彼女は、かつて名もなき村に住む一人の人間であったが、異端の疑いをかけられ、非難された末、異端狩りから村を守る為、一人旅立ったという。

 それからというもの、彼女は、まだ人の手があまり入っていなかったルリ島で一人、俗世から離れた生活を送っていたようだ。

 私は「星呼びの秘術」を用い、それを平和利用することを彼女に提案した。

 それが全ての始まりだったと言えよう。

魔女とアルガナン(2)

 結論から言えば、星呼びの秘術でこの地に呼び出した大いなる力―異邦のものを使い、戦いを終わらせる事ができた。

 「星呼びの秘術」で呼び寄せた「異邦のもの」が発揮する無尽蔵の力を、魔法や魔導具で制御し、兵器に動力にあらる場面に活用することで、我々人間だけでは創り出せない恐るべき力を手に入れた。

 私はこの力を以て、抑止力による和平を望んだ。抑止力だけでは、本当の和平とは言えないかもしれない。それは分かっていたが、戦火が荒れ狂う竜巻となってこの星すべてを覆い尽くしてしまう前に、まずは争いを止め、冷静になる時間と理由を作るべきだと考えた。

 それは功を奏し、異邦のものの力を見た誰しもが戦いを止め、私の訴えに耳を傾けてくれた。諸国はみな、もうすでに戦う力など残されておらず、疲れ切り追いつめられていたのだ。そして帝国もまたあわやの状態であり、お互いに譲歩した協定を結び戦争は終わった。

 しかし新たなる問題が明らかになるのに、時間はかからなかった。

 木々は倒れ、泉は枯れ、美しかった平原はチリの山に姿を変えた。大地が、次々に荒廃していくのだ。はじめは何が原因なのか、全く見当もつかなかった。戦乱の影響なのか、それとも何か新たな脅威が世界を犯し始めたのか。とにかく私と彼女は必死でその原因を探った。

 そして、たどり着いた答えに、私は言葉を失った。

魔女とアルガナン(3)

 平和が訪れた矢先に現れた、大地の荒廃という新たなる受難。その原因は異邦のものであった。なんという皮肉なのか。

 私と彼女は、大地の荒廃を食いとめる為にあらゆる手段を試し、そして、度重なる失敗を繰り返した。そして幾年月が過ぎ、彼女は私に新たな手段を打ち明けた。

 異邦のものを2つに割り、その力を抑えることで大地の荒廃を食い止めるというものだった。

 私はそれに賛同し、彼女と共に実行に移した。
その結果、なにが引き起こされるのか、私は知る由もなかった。

 そして、彼女は消えた。それがこの異邦のものを分割する代償。異邦のものを分割し、その意思を引き裂くことは、星呼びの秘術を行使した彼女の魂を必要とした。私はそれを、知らなかった。

 こうして分割された異邦のものは、ひとつはルリ島に、ひとつは海を隔てた大陸に、それぞれ封印された。結果、大地の荒廃が止まることは無かったが、目に見えて信仰が遅くなった。

 次に私がやるべきことは、大地の荒廃を完全に食い止める方法を見つけ出すことだった。

 それが私の可能性に賭け、犠牲になってくれた彼女への手向けになると、信じていたのだ。

魔女とアルガナン(4)

 私の命もそう長くはない。後世に託してしまう無力を許して欲しい―

 こうして記録を残している今、私にはもう時間が残されていない。彼女が消え、どうくらいの時が経ってしまったのだろう。日に日に色あせていく大地と共に私は老い、魔力も体力もすでに枯れた。おそらくこれが最後の記録になるだろう。

 私はついに、異邦のものを空の彼方へと還す方法を見つけることができた。

 だがそれはもう、叶わない。異邦のものを還す為には、私と、彼女が存在していなければならない。叶うはずがない。一人では使命を果たす事ができない。だから私は、彼女が私に託してくれた可能性を、次代の子らに託す。星呼びの秘術で負った宿命は、すべてアルガナン家の血に刻まれた。そして、星呼びの秘術で負った宿命は、彼女の血筋に刻まれるだろう。

 私の代にてすべての清算が叶わなかったこと、その重責を我が子らに負わせなければならぬことを、心苦しく思う。

 我が血を引く者と彼女の血を引く者が出会うこと―時を越え、アルガナンの血と魔女の血が再会すること。その可能性は、ほんのわずかかもしれない。だがいつの日かめぐり合い、異邦のものを彼方へと還す日がくると、私は信じている。

帝国の歴史

 帝国が成立したのは遥かな昔のこと―

 何百年にもわたる戦乱の中で、大陸の覇権を狙う諸国が現れては消え、盛衰を繰り返した。

 繰り返す戦争の歴史の中でようやく優れた徳を有する王が現れ、王はその力をいかんなく発揮し、現帝国の基礎となる王国が成立したと伝承は語る。

 信じがたいことに、かつての王国はグルグ族と人間で共存し、人間は知と富を、グルグ族は力と技術を用い、互いに協力し、高度な文明を築き上げていたという。しかし、それも長くは続かず、文明が発展するにつれ、人間は権力を手中にする事を望み、グルグ族の力と技術に潜在的な恐怖を覚えるようになった。それは選民思想へと発展し、グルグ族の迫害が始まった。

 当時の王家にはこの動きを止めるほどの力は残されておらず、その末に王が取った施策は、グルグ族を追放し、国を作り替えるというものだった。グルグ族を排除することで人間はさらに豊かになれるとうたい、国民にグルグ族追放という共通の目的を持たせることで再び国をまとめようとしたのである。

 こうしてグルグ族は遥か南の地に追放され、グルグ族追放で手柄を挙げた者たちに土地と地位を与えることで貴族を生み出し、大陸のほぼ全てを支配する帝国が誕生した。貴族政治の幕開けである。しかし、歴史は繰り返され、平和は終焉を迎えることとなる。

 グルグ族追放から時が経つにつれ、帝国の諸候たちの間には独立の気運が高まり、領士や権力をめぐる内戦が勃発しはじめたのである。始めは小さかったその火種は、またたく間に大陸全土を揺るがす凄絶な戦火となったと伝えられている。

 だがこの戦火は突如その勢いを失う。ルリ島の領主、初代アルガナンによって、人智を遥かに超えた兵器の存在が明らかにされたのである。この兵器の威力を知った諸候は次々に武器を解き、帝国に和平交渉を求めるようになったと言われている。

 その兵器を以ていれば、大陸全土を容易く手に入れる事すらなんら難しいことではなかっただろう。しかし初代アルガナンは強く平和を望み、その兵器を抑止力として、帝国の平和は保たれ、現在まで続く歴史を重ねているのである。

封印されし移動要塞

 かつて大陸の存亡をも脅かす戦乱が起こった。

 初代アルガナンは異邦のものの力を使い、要塞を築いた。それは、異邦の印を持つ者のみが運用できる移動要塞だったという。

 圧倒的な力を持った移動要塞は、抑止力となって戦闘を停止に導いた。その恐ろしさから移動要塞は封印され、ひとつの伝承だけが残った。

 「ルリ島が危機に見舞われしとき、異邦の印を持つものが現れ、この島を救うであろう」と。

古の魔法

アルガナン家の血を強く受け継ぐ者にのみ扱える二つの秘術がある。

 そしてこの秘術の目的は異邦のものという途方も無い力を守る手段でもある為、異邦の印を持つ契約者の存在を不可欠とする秘術とした。

 一つは、自らの魔力を他人の体に纏わせる事でその者の身を守護する事を可能にする秘術。

 「古の障壁」と呼ばれ、この秘術はいかなる攻撃からもその身を守ることを可能にする。
自らの仲間を守る為の、大いなる力と成りうるだろう。

 そしてもう一つ。異邦のものを守護する竜、守護獣の力を顕現するものである。

 ただしこの秘術を発動するには条件がある。顕現の条件は、守護獣に認められている事。そして何より、守護獣の力を借りるに足る、状況が鍵となる。

 無用に守護獣を顕現するような事の無い様、アルガナン家の人間の力ではどうにもならぬ危機が訪れた時、守護獣はその力を、術者の為に行使してくれるのである。

大地の意思 神獣

 広大な大地を覆う森林。

 生命の象徴たる緑の森。

 森とは一つの生命体だ。しかし、森という存在を正しく理解している人は少ない。

 木々は地中で根を絡ませ、膨大な情報網を築いている。それは生命を共有していると言っても過言ではない。そう。森は地下深くでつながりあう巨大な生き物なのである。

 森は幾千年の月日の中で意識を持つに至り、神獣と呼ばれる存在を生み出した。また、自らの生命の危機を察すると「使い」と呼ばれる存在を現し、危機を回避すべく人々を導くとされている。

 「使い」は人の形をしているのか、はたまた動物の形をしているのかは定かではない。

 昨今、大地の荒廃と共に森は荒れ果て、姿を消していく様を憂慮する声が上がっている。

 各地で目撃されていた神獣も次々と姿を消し、ほぼ全ての神獣が消えてしまったのではないかとさえ言われている。

異邦の力 ―起源―

 星呼びの秘術によって現れた自我を持つ石。

 この世界の外から来たもの。異邦のもの。

 それは外部に存在する生命力を己の力として取り込み、育まれていく生命体である。

 怒り、悲しみ、支配、孤独、絶望、そして幸福。異邦のものは人の持つ普遍的な感情「思い」を共有している。そして異邦のものは、自らを解き放つすべを求め、同時にその感情を共有する存在を求め続けている。

 感情の共有が行われる際、その思いを託された存在は、体のどこかに印が刻まれ契約が行われる。

 契約は、異邦のものから大いなる力を授けられることを意味し、その力とは契約者がどのような思いを抱いていたか、に左右される。契約者の思いを、力として具現化するのである。

 私はこの世界の平和を願った。戦火の広がる大地、消えてゆく家々の灯火、失われていく命。

 私は人々が、幸せのなんたるかを享受する暇もないまま、戦争の名のもとに葬り去られていくことに耐えられなかった。無益な死を、訪れる孤独を、拒絶した。

異邦の力 ―共鳴―

 異邦のものはそんな私の感情に共感し、力を与えてくれたのである。

 私が戦地に立ち、念じることで右手から光が溢れ、その光を目にした魔物、人間、すべての敵意を持った存在は私に対しての憎悪を膨らませ、自ら統率を乱し、なりふり構わず私に襲いかかってきた。

 無論、そのような状況になれば、私自身が危険に晒されることになるのだが、まさしくそれは、戦いに赴く人々を、自ら犠牲にして守ることのできる類まれな力であったと言える。私はその力を用い、戦地を駆け、戦いを終結させることに尽力させることが出来た。

 そして、もっとも恐れおののいた力は、傷つき倒れたものを蘇らせる力。蘇生術である。

 寿命による死や、致命的な重症を負った者までを蘇生させることは叶わなかったが、それでもこの力は、戦地で失われかけた命を救う、これ以上ない奇跡の力であった。

 この力も、私が簡単に命が失われる昨今に嘆いていた思いに、異邦のものが共鳴した結果なのかもしれない。

 私はこの数々の奇跡の力に、異邦の力という名をつけた。

異邦のものは、人の持つ普遍的な感情全てを包括している。となればいずれ時と共に、この異邦の力を破壊や崩壊の為に用いる者が現れる可能性を否定することはできない。破壊や崩壊という思いを具現化した力の恐ろしさは想像に難しくない。

 異邦のものとの契約は善悪によって左右されず、その者が持つ感情、思いに左右される事を忘れず、良き心を以て異邦のものと接していかねばならない。

隠された決戦兵器

 ルリ島には超常の力を用いた兵器が隠されいる。

 それは、異邦のものが生み出す無尽蔵の力を最も有効に、かつ破壊に特化して活用するという決戦兵器である。

 その威力は凄まじく、一撃で山麓を吹き飛ばす程である。この力は、決して安易に利用してはならない。あくまで抑止力として、帝国を守る為の礎とするものである。

 この兵器を起動する日がもし来るとするならば、それはルリ島の存亡の危機をおいて他にない。

アルガナンの秘術

 私の生涯をかけて編み出した秘術をここに記す。

 これは星呼びの秘術と対になる、星送りの秘術である。

 これは特定の場所、そして特定の人間にしか扱うことはできない。

 これは星呼び星呼びの秘術に立ち会った私の血を受け継ぐ者、星呼びの秘術を行使した魔女の血を受け継ぐ者、星呼びの秘術を行った星見の塔が揃って初めて成り立つものである。

 そこで初めて、異邦のものとの対話が可能になる。

 そして、最も大切なもの。

 異邦のものに選ばれ、異邦の力を授かった契約者。契約者に刻まれた異邦の印を介し、異邦のものへと言葉を届けるのだ。

 なにも複雑な術式が必要なわけではない。ただ、手を取り、異邦のものに願うのだ。

 異邦のものの未来を。そしてこの大地の未来を。素晴らしきものにするという願いを。

魔女の歌

 初代アルガナンが好んで口にした歌がある。それは、初代アルガナンがかつて愛した女性が好んで歌った歌だと言われている。

 その愛した女性とは誰だったのか、それは未だ明らかにはされていないが、一説には魔女と呼ばれた高名な女性であり、この歌は彼女が生まれ育った村に伝わる歌であったという。

 歌は語る。

 幾度となく打ちのめされたとしても、夢と、そして手を取り合う者たちと共に空高くへとはばたきつづける事の大切さを。

 この歌に込められた願いは「はばたき」

 それは、戦乱を生き抜き、平和の為に尽力した初代アルガナンにとって、かけがえのない願いだったに違いない。

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